ホーム > 産業・観光 > 観光 > 涌谷ぶらり歴史ろまんの旅 > 涌谷亘理・伊達家の歴史めぐり

ここから本文です。

更新日:2016年12月28日

涌谷亘理・伊達家の歴史めぐり

涌谷町が誇る亘理・伊達家にかかわりの深い史跡を巡るルートです。

  スポット 概要
涌谷城跡

涌谷城跡(町史跡)・町立史料館

江戸時代、遠田郡を中心にこの地域一帯を治めた仙台藩一門2万3千石を領した涌谷伊達氏の要害跡。街を一望する江合川の東岸沿いの高台にあり、今日は県北随一の桜の名所「城山公園」です。公園の南端にある町立史料館では、涌谷伊達氏関係の資料を中心に、町の歴史を紹介しています。
約1キロメートル・自動車で2分
見龍寺

涌谷伊達家墓所(県・町指定)・見龍寺

涌谷亘理・伊達氏歴代の位牌所で臨済宗花園妙心寺派の名刹。墓所内には4代伊達安芸宗重を祭る見龍廟以下5棟の霊屋と6代夫人より15代までの邑主と夫人の墓石群が計18基並んでいます。仙台藩の一門として藩内に偉容を誇る墓所です。見龍廟と御門前に据えられた石造物(五重塔・水盤・盥石)は県指定有形文化財です。なお、見龍廟を除く4棟の霊屋は町指定有形文化財です。
約1キロメートル・自動車で2分
妙見宮 妙見宮(拝殿は県指定) 涌谷伊達氏の始祖千葉氏以来の氏神。初代亘理元宗代に旧領の亘理から移されて城内に祀られました。4代宗重の時に現在地(塩釜台という)に祀り、5代宗元が元禄10~11年(1697~1698年)に現拝殿(旧本殿)を造営しました。現本殿(享和3年・1803年の建築)におさめる家形厨子とともに元禄期の貴重な遺構です。
約10キロメートル・自動車で15分

日枝神社

日枝神社・伝亘理元宗墓

日枝神社はもと山王権現社と称しました。亘理元安斎元宗は天正19年(1591年)子の重宗と共に、伊達政宗によって亘理郡亘理から遠田郡の涌谷に移されました。元宗は初代、重宗は2台の涌谷邑主です。元宗の墓所が日枝神社境内にあり、神前参道右側の五本杉のある場所に葬られたと伝えられています。
約1キロメートル・自動車で2分
ぎこう寺

ぎ劫寺・伊達定宗墓

ぎ劫寺は加護坊山(224m)の北麓にある臨済宗の名刹です。京都花園妙心寺の金嶺和尚(小塚字北沢の菅原家の出身)の開山です。見龍寺5世住職の石水和尚は金嶺和尚の弟子です。涌谷邑主3代定宗は慶長11年(1606年)に伊達姓を許され伊達一門に列しました。晩年祈劫寺に隠居して山水を楽しみ、そこで死去しました。本堂仏壇に定宗と夫人の木造を安置し、墓は夫妻並んで寺西の林内にあります。
約5キロメートル・自動車で13分
美濃守重宗墓 亘理美濃守重宗墓(美濃守様御廟) 重宗は父の元安斎元宗とともに伊達政宗の覇業を軍功をもって補佐した武将群像の一人です。父元宗とともに亘理より涌谷に移され涌谷2代の邑主として城下町の建設に尽力しました。夫人相馬氏と並んで山神社の北足下の王壇と呼ばれる場所に眠っています。

涌谷亘理・伊達家の歴史めぐりルート

地図の右上に表示される四角をクリックしていただくと全画面表示され、見やすくなります。

お問い合わせ

まちづくり推進課商工観光班

宮城県遠田郡涌谷町字新町裏153番地2

電話:0229-43-2119

ファクス:0229-42-3313