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更新日:2016年5月12日

万葉集・大伴家持の長歌と軍歌「海ゆかば」覚え

「海ゆかば」は昭和十二年軍靴の響き高まる中、国民精神総動員運動に呼応し、国民歌謡として作曲され、戦時体制への精神教化の歌・軍歌ともなりました。

原詞は大伴家持の万葉集にあり、信時潔が作曲した荘重な調べの傑作で、太平洋戦争末期には大本営発表等での準国歌また玉砕報道の鎮魂歌(レクイエム)として放送されました。

この歌、実は涌谷町に大変深い関わりを持つ歌でもあるのです。

天平21年(749年)陸奥国小田郡(涌谷町)から日本始出の黄金が、東大寺大仏鍍金のため、聖武天皇に献上されたことは史上に特筆される出来事で、天皇は黄金産出の報告に驚き喜び、産金を告げる宣命を出しました。

越中国守として任国高岡にいた家持は、その宣命に大伴氏言立(家訓)が引用され、天皇が大伴氏の忠誠功績を讃えたことに感激し「陸奥国より金を出せる詔書」を賀ぐ長歌と反歌を詠みました。

反歌「須賣呂伎能 御代佐可延牟等 阿頭麻奈流 美知乃久夜麻尓 金花佐久(すめろきの みよさかえんと あづまなる みちのくやまに くがねはなさく)」はよく知られています。

長歌は五百三十二文字の長文で、その一節に「…海行者 美都久屍 山行者 草牟須屍 大皇乃敞尓許曽死米 可敞里見波勢自等許等大弖(うみゆかば くさむすかばね おおきみのへにこそしなめ かへりみはせじとことだて)…」(万葉集巻十八―四〇九四)と詠み天皇への忠誠を誓いました。

大伴氏は新興藤原氏の勢力に押されて凋落の一途の時で、家持は氏の長として一族の団結と奮起を促す気持を込めてこの歌を詠んだとされ、この一節が昭和前期、軍歌として放送され広く一般に歌われたのです。

古代涌谷の産金を祝って万葉集編者大伴家持の詠んだ古歌が、昭和期に一世を風靡した国民歌謡「海ゆかば」の本歌であるという歴史を、郷土の文化財産として記憶に留め、語り継いで行きたいものです。

(本郷和郎)

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