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更新日:2016年5月12日

「見龍院木造」と扁額「盡忠見龍院」

見龍院木造

平成二十六年五月、見龍廟内の「見龍院木像」と扁額「盡忠見龍院」に発見があった。

まず、見龍院宗重公の木像について、木像胎内から墨書が見つかった。

「武州豊嶋郡□□ 佛師竹内右京作 甲寅延寶弐年九月廿二日」と記されていた。

従来、この木像は、元禄十一年(一六九八)に製作され、見龍寺本尊如意輪観世音菩薩像とともに涌谷へ招来されたとされてきた。しかし、この度の発見でそれが覆されて「延宝二年(一六七四)」製作と判明した。すなわち、「見龍院木像」は、見龍院霊廟の成った丁度一年後の延宝二年に安置されたということになる。

また、「見龍院木像」の背面のはり梁に懸けられている「盡忠 見龍院」の扁額もまた、従来延宝七年(一六七九)三月以降に掲額されたとしてきた。ところが今回、木像と併せて行った調査の結果、扁額の背面に何やら文字らしきものが浮かんでいた。

そこには「延寶第四丙辰年九月廿七日 陸奥州太守綱基公眞跡 壇那藤原宗元 同宗信 住持石水玄劫」と五行に書き分けて、朱書されていた。

その結果、扁額「盡忠 見龍院」は「延宝四年(一六七六)」に掲額されたことが判った。

よってそれぞれ『涌谷町史』の記述は書き改められなければならないことになる。

(涌谷町文化財保護委員:櫻井伸孝)

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