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更新日:2020年6月2日

追戸・中野横穴墓群(町指定文化財)

横穴墓とは古墳時代の終わり頃から平安時代にかけて、岩盤の崖面を横に穴を掘り、亡くなった有力者を葬るお墓のことです。一基が長さ一〇m程のものもあれば、それより小さいものもありますが、複数の横穴墓で群を形成して造られる場合が多いです。

町内の大規模な横穴墓群として挙げられるのは、小塚地区にある追戸・中野横穴墓群で、一〇〇基を超える横穴墓が確認されています。その分布範囲から追戸A~H地区、中野A~D地区に分けられ、それぞれある一定の範囲で群が形成されています。

これまで発掘調査は大きく数えて二回あり、昭和三十七年から昭和四十一年までの調査と、平成十年の調査です。

特に昭和三十七年から昭和四十一年の調査では、追戸A地区2号墓で内部の床や壁の一部を赤い顔料(ベンガラ)で彩色されていたり、壁、天井などを格子状や縦の赤い線が描かれている貴重な横穴墓を発見しました。このような装飾された横穴墓の分布としては、小塚地区が日本の北限域となります。

2号墓の他にも、追戸・中野横穴墓群では多くの横穴墓が発掘調査されていますが、追戸・中野横穴墓群これらの横穴墓からは儀式に使った土器やお供えした副葬品などが出土しました。在地産の土師器や須恵器の他に、関東地方、東海地方とそれぞれつながりをもつ須恵器や、地中海から西アジア地域で製作されたと考えられるトンボ玉など、他地域との交流を示す遺物もありました。

現在、追戸A地区は追戸横穴歴史公園として整備されており、2号墓を除いて、間近で見学することができます。

(生涯学習課:二瓶雅司)

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