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更新日:2017年7月5日

涌谷伊達家お子様墓所

見龍寺境内北東の一段高いところに、涌谷伊達家第三代定宗の嫡男宗実夫妻をはじめとするお子様方の墓所がある。

寛永十二年(一六三五)二十才で亡くなった宗実夫人「清浄院」(伊達政宗三女某姫)、そして、その四年後には夫宗実「谷陽院」が亡くなり、墓所としたのを起源とする。お二人の位牌寺はそれぞれ上丁の「清浄院」と美里町荻埣の「谷陽院」とであるが、「埋め墓」は見龍寺境内にある。

また、他家に入ったり、嫁いだりしなかった、幼くして亡くなったお子様方十四人の墓所でもある。そのほかに、第十三代義基(大基院)の生母淳心院、第十四代邦隆の弟で、戊辰戦争の時は、甥で第十五代当主元太郎(胤元)の名代として涌谷伊達家を支えた亘理此面夫妻の墓など十八基が並び立つ。

さらに龍渕寺本堂西脇には、東日本大震災で倒れて雑草に掩われたままの、飯野川葛西三郎胤清夫人となった「體雲院」順姫ほか八名の墓がある。

見龍院霊廟を中心とする涌谷伊達家墓所に比べて注目度が低く、参拝者も少ないようだが、お子様墓所へも足を運んでいただけたらこちらのお佛さまも悦ぶことだろう。

(涌谷町文化財保護委員長:櫻井伸孝)

【写真左は見龍寺お子様墓所】【写真右は龍渕寺お子様墓所】

見龍寺お子様墓所龍渕寺お子様墓所

 

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