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更新日:2020年1月15日

ふるさとの火(三)

かまど、いろりから出た「灰」は涌谷辺りでは“あぐ”と呼びました。

1.昔、本家から分家する家に、かまど、いろりの「火」と「灰」を分けました。火と灰は聖なる物と意識され、一族の絆の象徴でした。仏教では「護摩」を焚き、この灰をお守にする風習があり、灰に霊を認めています。灰

2.灰は、数千年前から行われた焼畑農業では唯一の肥料でした。古いかたちの農業で、雑木林の草木を伐採し、乾燥させて火を放ち、灰が残る地面に、そば、ひえ、かぶ等の種を撒きました。地表を耕さず、肥料も撒かずに収穫しました。灰の多い畑は収穫も多く、近年まで農村・山村で行なわれました。涌谷辺りでは、昭和時代でも苗代の畔に大豆を撒き、根元に籾殻の灰を撒いたものです。今でも稲の苗床に籾殻の灰を撒くが、肥料としての効果を知るからで、見慣れた農作業の中に歴史の経験を見ることができます。

3.昔話「花咲爺」は、灰を撒いて枯木に花を咲かせます。これは荒唐無稽な話でなく、灰の植物に対する生命の再生能力を認め、農作物の肥料としての効用を説いた物語です。

(文化財保護委員:伊藤源治)

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