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更新日:2016年5月12日

-豊穣の祈り-稲作の信仰と民族芸能

豊穣の祈り

その中核は私たちの主食である米、稲作と言えます。

稲作が始まったのは、縄文時代の末期頃(約二千五百年前)からとされます。

先人達は、制御の及ばない自然風土の中で、旱魃や冷害、病害虫など農作に仇なす障害を排除してもらうため、神を祀り諸々の儀式や行事をしました。日照りの時は雨乞いをし、寒さの夏は霜害がないように祈りました。虫害を悪霊のわざのように考え、夏に入ると松明を灯し、かねやたいこをたたいて、害虫を村境まで追い払う『虫送り』という行事もありました。

豊穣を願う心の祈りは、多様な習俗を伝えており、雪の降る地方では正月十五日に、田植えを模擬的に演出した『庭田植え』という行事をして豊作を祈りました。

田植え時に神が山から降りて来て(サオリ)田の神となり、田植えが終わると山に上り(サノボリ)山の神になるとされ、『さな早苗ぶり』といって、神様と饗宴し農作業を休む風習が今に残っています。

箟岳白山祭で、十二本の矢を射て天候作柄を占うのも豊作を祈る神事であり、種籾交換の行事も、結果として米の交配による品種の改良となり、現代の農業試験場的役割を果たしていたと言えます。

民俗芸能『箟岳白山豊年踊り(明治初期はたねまき種蒔神楽)』の田植え・稲刈り等の所作には、古典的な面影がうすらいでいるとはいえ、豊作への保証を白山の神に念じる農民の姿が偲ばれ、民謡『秋の山唄』に唄われる箟岳山が、まさに豊穣を司る作神様と敬われる所以でありましょう。

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