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更新日:2018年2月18日

砂金採りとみちのくの金

涌谷町は日本で初めて金が採れた地で、それは天平二十一(七四九)年の出来事でした。採れた金は奈良で造営中であった東大寺大仏の表面に塗る金に用いられ、大仏は無事に完成しました。

箟岳山の川や沢では今でも金が採れます。それは砂のように細かくなった自然金で、砂金といいます。箟岳山には砂金を含む地層があり、その地層が雨や風によって風化し、浸食され、砂金は洗い流され、川底に溜まります。金は比重が非常に重く、水1に対し、金は約19倍の重さがあります。この金の性質を使って、昔の人は川底に溜まっていた砂金を採っていたと考えられます。

砂金天平二十一年以後、宮城県北部から岩手県南部の“みちのく”と呼ばれた地域では砂金採りが続けられ、平安時代末期頃には岩手県平泉町で奥州藤原氏が「中尊寺金色堂」に象徴される平泉黄金文化を築きました。その後、人々は金を追い求め、山から金鉱石を採掘する金山開発が始まりました。戦国時代から江戸時代頃には岩手県陸前高田市で仙台藩の伊達政宗などの財政を支えたと伝わる玉山金山が開発されたり、明治時代には気仙沼市で金鉱石の大きさと金の含有量が桁外れな怪物金「モンスターゴールド」を産出した鹿折金山が開発されるなど、“みちのく”には全国に誇る数多煌めく金にまつわるストーリーがあります。

現在、涌谷町と関連市町ではこれらの歴史的価値の高い文化財を日本遺産として認定されるよう「みちのくの金」をテーマに取り組んでいます。

(生涯学習課:二瓶雅司)

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