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更新日:2017年11月8日

川柳作家黒沢長太郎

黒沢長太郎(本名は富雄)氏はかつて県の内外に知られた川柳作家です。大正十年(一九二一)に生まれ、平成元年(一九八九)六十八歳の生涯を閉じています。昭和二十二年(一九四七)「夕刊とうほく」(現在の河北新報夕刊)の川柳欄に投句、翌二十三年には「川柳宮城野」誌へ投句を始めます。三十三年には結社賞である宮城野賞を受賞しています。又彼は「宮城野」涌谷支部の良きリーダーであり、当時谷川柳会の特集号として同誌に十九ページの記事を寄せています。船宿

家業は家畜商で家畜の死と対峙する時の苦悩や哀感をたびたび句に詠んでいます。「牛既に屠夫の殺意を感じ取り」「屠殺夫が牛の涙を見てしまい」などです。作品は多彩かつ自在ですが、「麦笛を吹いて少年詩に溶ける」「白い船少女に桜貝の唄」のような当時としては若々しく新鮮な叙情句も多く作っています。

「バラ崩るコルトにかすかなる烟」という作品があります。「宮城野」誌上に発表された彼の代表作品の一つで次のような選者の評が添えてあります。「数十頁を費やした小説に勝るこの一句こそ十七字詩川柳の凱歌である。『バラ崩る』の的確なる表現、呼吸もつかせぬ中七から下五の表現は一朝にして出来上がるものではない。……作者の手腕は高く評価されるべきだと思う。」長太郎氏は大の洋画好きだったそうです。映画のラストシーンを思わせるこの一句は、映像の手法を文字の世界に置き換えた見事な表現と言うべきでしょう。

昭和三十年代の半ばこの句は多くの川柳作家から絶賛されました。敗戦からの復興を果たそうと人々が皆懸命に生きていたこの時代は、現代川柳にとっても新川柳への転換の時代でした。黒沢長太郎氏のこの一句は、まさしく新しい時代の川柳を切り拓くべき渾身の一句と言えます。

(文化財保護委員:都築裕孝)

 

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