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更新日:2016年5月12日
涌谷神社が創建されたのは明治七年(一八七四)十二月十三日です。鎮座の位置は城山公園のほぼ中央で町立史料館の北方です。
祭神は涌谷伊達氏四代の安芸宗重公で、神名を赤心猛雄命と称します。
大正九年(一九二〇)の、伊達安芸宗重公没後二五〇年祭に当り、現在地に新しく神社を造営しました。
新社殿は大正九年一月二十七日に竣工し、明治創建の旧社から神霊を奉遷しました。(『涌谷町史』下巻141・143・429~435・490頁)
さて、神霊遷座後の旧神殿ですが、拝殿(間口六間・奥行三間・神明造)は、大正~昭和の涌谷警察署内の「武徳殿」となり、さらに涌谷町役場の敷地内に移されて、平成八年三月まで、庁舎として使用されました。
一方、本殿(間口三間・奥行二間・神明造)は、現在、町内表桜町の森正彦氏宅地内の「日之天大神の神殿」として遷座・奉齋されています。(菅原芳吉氏「日之天大神由緒」)
東京オリンピックが開催される平成三十二年(二〇二〇)には、伊達安芸宗重公三五〇年祭と旧涌谷神社遷座一〇〇祭がやってきます。なお、涌谷高等学校が二〇一九年に創立一〇〇年(大正八年四月遠田郡立涌谷実科高等女学校として創立。大正十年県立涌谷高等女学校となる)を迎えます。
(涌谷町文化財保護委員長:佐々木茂楨)
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