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更新日:2017年7月5日

遠田郡役所遺構

近年、明治、大正時代はもちろん昭和前期の建造物にも文化遺産としての保存対象が広げられてきている。涌谷町には、かつて旧涌谷第一小学校校舎、ハリストス正教会堂など明治前期の西洋式木造建築があった。残念ながら歴史文化遺産の保存対象となる直前に失われてしまった。

しかし、旧涌谷第一小学校校舎と同じ明治十九年に完成した遠田郡役所庁舎の遺構が一部かろうじて残存している。現在(株)伊藤建材店の倉庫になっているが、建築当時そのままの位置に庁舎左側の部分が外形のみ残っている。建物の全体像は『遠田郡誌』や『涌谷町史下』の各口絵写真でしか見ることはできないが、明治新時代の先駆けとして建築された文明開化の象徴だった建物である。遠田郡役所遺構

周辺一帯に茅葺の日本家屋の建ち並ぶなかに、瓦葺一部二階建てのバルコニー付コロニアル式下見板張の外壁やガラス窓、赤レンガの土台の洋風建築が現れたのである。『千石五郎日誌』によれば、年数回ずつ「町村長諮問会」や「郡会」が開かれ、「宮城県会議員」の選挙や明治二十三年からは「衆議院議員」の遠田選挙区における投・開票事務などが行われた。

そのほか、郡内の行政・農政・土木・教育・防災・衛生など万般に渉る指揮・指導を行なった遠田郡の中枢であった。

また、遠田郡役所の主導で明治二十九年、刈萱町に「遠田郡立簡易農学校」が、大正八年には「遠田郡立涌谷実科高等女学校」を開校させている。

(涌谷町文化財保護委員長:櫻井伸孝)

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