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更新日:2020年6月2日

伊達安芸宗重公と石水和尚

寛文十一年(一六七一)一月二十九日、死を覚悟して江戸へ上ることにした安芸は、円同寺に石水和尚を訪ねて上府の意を語り、己れの決心を述べ法名を請います。石水は「見龍院徳翁収沢」と書いて安芸に渡します。石水和尚は名僧で旗本落合家の出身であり当時円同寺(今の見龍寺)の住職でした。老中板倉内膳正と旧交があったので、安芸の密旨を受けてしばしば江戸へ赴きいつも安芸の参謀として助力しています。石水と安芸のその時の問答は以下の通りです。(「涌谷町史上」から)

石水和尚石水問ふ「如何、是剣刃上事」

居士答へて「法戦場中勝旗を策(た)つ」

又問ふ「意旨如何」

答へて「無二無三」

又問ふ「如何、是生死大事」

答へて云ふ「一跳直に如来地に入る」

石水曰く「危きを見て命を致す、君に非ずんば誰か之を能くせん」

石水和尚の巧みな問いかけも見事ですが、それに対して毅然として自分の意志を簡潔で要を得た安芸の返答もまた見事と言えましょう。きわめて緊迫感のあるやりとりの中に、両者の人間としてあるいは師弟としての結びつきの強さを感じさせます。

(元文化財保護委員:都築裕孝)

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