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更新日:2018年5月8日

民俗の四季ー端午の節供ー

五月五日は「端午の節供」です。男の子の成長を願う晴れの日ですが、本来は男の節供ではなく、むしろ女の節供の日であったようです。

近松門左衛門の「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)―下之巻」にも、「五月五日の一夜さを女の家といふぞかし」と語られているように一般にもひろく「女の家」、「女の天下」といって、女が男を避けて身を清くして慎み深く忌籠をしたといいます。

五月という月は、もともと田植月で、物忌みの月、作神を祀る月として正月とならび一年の上でも重要な月とされてきました。五月すなわちサツキにサナエ(早苗)をとって田植をするサオトメ(早乙女)が田植の主役であり、その田植にさきだって慎み深い一日を過したのでしょう。

伊豆や高知でも最近までこの日亭主を家から追いやり、菖蒲で男の尻を叩く祓い浄めの行事や、「女の家」という言葉が残っていたようです。

そうした各地の事例を見ても五月五日は男の節供ではなく、女の節供であったことがわかります。鯉幟イラスト

涌谷黄金迫等多くの家には五月四日晩~五日には庇に菖蒲や蓬をさし、菖蒲・蓬の風呂に入る風習がありました。菖蒲の持つ香気が悪霊を退散させる霊力を持っていると言い伝えられてきた由縁です。

近世以降、菖蒲の読みが尚武に通じるとして、端午は男子の節供とされ、甲冑や武者人形などを飾り、ちまきを食べ、鯉幟を立てて男子の成長を願うものとなり、戦後は「こどもの日」として国民の祝日となりました。

五月晴れの下、五色の吹き流しや鯉幟が、はためき泳ぐ情景は風物詩で継承していきたい家庭の節供行事です。

(涌谷町文化財保護委員:本郷和郎)

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